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司馬遼太郎 酔って候 [日記(2017)]

新装版 酔って候 (文春文庫)

 鯨海酔侯の異名をとる(要は酒飲みの)土佐15代藩主・山内容堂(酔って候)、薩摩藩主の父で無位無官の実質上の藩主・島津久光(きつね馬)、松平春嶽、山内容堂、島津斉彬とともに「四賢侯」と謳われた伊予宇和島藩8代藩主・伊達宗城(伊達の黒船)、第10代佐賀藩主・鍋島閑叟(肥前の妖怪)。四人の幕末大名を主人公とした短編集です。『伊達の黒船』の実質上の主人公は、独力で蒸気機関を完成させた提灯屋・嘉蔵で、趣が異なります。この四人は、いろんな意味で異彩を放つ幕末の殿様です。

 小説として面白いのは標題となっている『酔って候』。山内容堂は、貴種がなまじ才能を持てばどうなるのかという典型かもしれません。それだけで飯が喰えると言われた居合いの腕に加えて詩心あり、あふれる自負と自尊心の唯我独尊の殿様の話です。幕末にあって四賢侯とか言われたわけですから、「そうせい侯」(長州藩主)が普通のこの時代の殿様としては出色の部類に入るのではないでしょうか。肥大した自尊心を持つ権力者が四賢侯と持ち上げられ、倒幕と佐幕の幕末の政治世界で如何に行動したのか、という話です。

 容堂は、山内一豊(の妻)を祖に持つ徳川恩顧の大名。一豊自身何の武功を挙げたわけではなく、家康にゴマをすって土佐藩20万石を得た「妻」ばかりが有名な地味な大名。そんな山内家ですから、15代藩主・容堂も、時代が尊皇攘夷、倒幕となっても徳川家に忠義立てをします。容堂は、思想的には流行の尊皇攘夷ですが、その立場は公武合体論。この辺りが「酔えば勤王覚めれば佐幕」と揶揄される所以でしょう。会議も病欠気味の容堂唯一の功績は、大政奉還。発案は坂本龍馬ということになっていますが、勝海舟など幕閣内でも早くから論議はされていたようで、案外、竜馬も勝つから聞いていたのかも知れません。

 『酔って候う』の圧巻は「小御所会議」のくだりです。小御所会議では、徳川慶喜から官位と領地を取り上げる「辞官納地」が議題となるわけですが、容堂は酔っぱらってこの会議に出席し、大政奉還の最大の功労者の慶喜が呼ばれていないこと、慶喜から領地を取り上げるなら土佐も薩摩も領地を返上せよと迫り、岩倉具視、大久保利通とにらみ合います。鯨海酔侯の一世一代の啖呵を切ったわけです。ここまではいいのですが、つい言わでもがなの失言。天皇を小僧呼ばわりしたため岩倉に揚げ足を取られ、休会中に岩倉が容堂を「刺す」という噂を流し容堂を押さえ込みます。居合いの達人容堂が岩倉に刺されるわけはないのですが、天皇の前で刃傷沙汰になれば「朝敵」、泣く泣く矛を納めることになります。ここでは西郷隆盛の策ということになっていますが、本当のところは?。気のいい殿様の正論が薩摩の謀略に破れたというわけです。戊辰戦争で土佐藩は官軍の先鋒として戦うわけですから、勝負は小御所会議でついていたことになります。時勢に乗り切れなかった容堂は官を辞し、連日、新橋、柳橋などで飲みまくり、明治5年多年の飲酒がたたって脳溢血で死にます。 「まっこと」絵になる殿様です。

 今更司馬遼でもないのですが、『関ヶ原』が映画化されたようなので再読。次は竜馬かな・・・。

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