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映画 ミツバチのささやき(1973西) [日記(2011)]

ミツバチのささやき [DVD]
 「ミツバチのささやき」も監督のビクトル・エリセも全く知らなかったのですが、NHK/BSで放映されたので「たまたま」見ました。
 ストーリーらしいストーリーも無く、地味で難解な映画です。当然netで検索しましたが、評価の高い作品、世評の高い監督のようで、amazonのDVDの価格と、こんな地味な映画に30以上のコメントが付けられていることにビックリします。

 1940年のスペインの田舎を舞台に、アナ(アナ・トレント)という5歳?の少女の幻視を描いています。2回見ましたが難解の一語。映像が綺麗で難解で片付けるには惜しい映画なので、「あの映画のここが分からない」というサイト風に書いてみます。

フランケンシュタイン
 村に巡回映画が来て、アナと姉イザベル(イザベル・テリェリア)はこの巡回映画で「フランケンシュタイン」を観ます。5歳の少女に「フランケンシュタイン」が理解できるわけでもなく、アナは怪物と少女の交感と怪物に殺される結末に心を動かされます。この体験が「幻視」を生み、脱走兵?を匿うという事件を生むわけで、映画の重要なモチーフと思われます。
 何故フランケンシュタインなのか謎。 

母親テレサ
 冒頭、遠くにいる友人に手紙書くシーンがあり、独白というかたちでその内容が披露されます。

身の回りの多くのものが失われ 壊され- 哀しみばかりが残っていきますが
失われたものと一緒に 人生を本当に感じる力も 消えたように思います
この手紙はあなたに届くでしょうか
外からの知らせは僅かで 混乱しています
あなたが無事でいることを 知らせて下さい
心をこめて テレサ

 人生を本当に感じる力も 消えたように思いますとは穏やかではありません。テレサはこの田舎での生活に不満を持ち、届くかどうか分からない相手に手紙で助けを求めているようにも思えます。手紙の相手が誰なのか気になります。手紙を書き終えたテレサは駅に投函しに行きますが、テレサの前を通り過ぎる列車の窓から彼女を見つめる兵士が写され、手紙の相手が男性であることが示唆されます。
 夫フェルナンドがあり、アナとイザベルふたりの娘を持つテレサが、遠くにいる男性?に意味深長な手紙を書くことにどんな意味が隠されているのか?です。中盤で、アナが古いアルバムを見るシーンが挟まれますが、若い頃のテレサの写真には「私の愛する人間嫌さん」という言葉が書かれています。この写真を撮った人物で、このアルバムにある誰がではないかと思われます。
 後半に手紙を焼くシーンが登場します。冒頭で「手紙は届かない」と言っていますから、この焼いた手紙はテレサが書いたものでしょう。手紙を焼くことで、テレサは手紙の相手を閉め出し、この田舎での生活を選択した考えられます。
 テレサの手紙は誰に出されたのか、謎。 

父親フェルナンド
 蜜蜂を飼っていますが、どうも養蜂家ではなく趣味で蜜蜂を飼っているといった様子です。大きな屋敷に住み、新聞か雑誌を購読してラジオを聴き、ネクタイを締めて馬車で出かける裕福な地方の知識人といった雰囲気です。夜遅くまで執筆をしていますが、詩か小説を書いているのでしょうか。

巣の中での蜂たちの活動は 絶え間なく神秘的だ
乳母役の蜂は 房の中で一心不乱に働き
ほかの働き蜂は 生きた梯子のようだ 女王蜂は螺旋飛行
間断なくさまざまに動き回る蜂の群れの 
報われることのない過酷な努力 熱気で圧倒しそうな往来
房室を出れば 眠りはない 幼虫を待つのは労働のみ 
唯一の休息たる死も 遠く離れねば得られない
この様子を見た人は驚き ふと目をそらした
その目には 悲しみと恐怖があった

と書き、最後の2行は抹消します。
 若い頃を都会で学び、挫折か何かがあって今では田舎に引きこもり蜜蜂の羽音の耳を傾ける生活を送っている、とも思われます。妻テレサと娘ふたりの年齢からすると、少し歳を取りすぎているようにも思うのですが、これはストーリーには無関係でしょうね。
 フェルナンドが何故ミツバチを飼っているのか、謎。 
 
姉イザベル
 アナより3つ?ほど年上と思われます。「フランケンシュタイン」を観ても、それが映画の世界であることを理解できる年齢で、この映画では、アナの幻視とテレサ、フェルナンドの現実の橋渡しをする存在だと考えられます。
 アナに「フランケンシュタイン」の怪物を精霊だと教え、精霊と交感することが可能だと教えます。映画の中頃、イザベルは悲鳴とともの気を失いますが、これがよく分かりません。この気絶は精霊の仕業に見せかけたいたずらなのか、それともアナの空想の世界の出来事なのでしょうか。
 イザベルは何故気を失ったのか、謎。 
 
脱走兵
 脱走兵だと思われます。アナの「フランケンシュタイン」の幻視に形を与えるのがこの脱走兵です。アナは怪我をした脱走兵に食料や着る物を運び映画「フランケンシュタイン」の中の少女を演じます。この脱走兵は地元の警察に見つかり射殺されます。兵士の持ち物の中にフェルナンドの懐中時計が発見され、アナが匿ったことが明らかになります。警察が射殺していますから、この兵士は内乱終結(1939)の後逃げ回っていた共和国側の兵士だと考えられます。

 映画はここまで、フェルナンド、テレサの世界とアナの世界が平行して進んできたわけですが、アナが兵士を匿ったことで(アナが現実に踏み込んだことで)アナの幻視世界は綻び、彼女の幼児世界は終わりを告げます。映画のラストで、アナは開かれた窓から夜の森に向かって「私はアナ」と呼びかけます。これは、精霊に呼びかけたものと思いますが、当然返事はありません。
 この事件とテレサが手紙を焼くシーンが重ねられますが、これは、フェルナンド一家にとってはよい兆候なのでしょうか。
 そもそも脱走兵なのか、謎。 

再びフランケンシュタイン
 「フランケンシュタイン」の怪物は、人間の死体から取った手足等をつなぎ合わせた人造人間が、人間世界に受け入れられず、逆恨みで復讐をするという物語です。「ミツバチのささやき」で、上映中のフランケンシュタイン」の音声が映画館から漏れて、フェルナンドがベランダで聞くシーンがあります。この音声というのが、怪物に犯罪者の脳を移植したというくだりです。生命を創造するという神の行為に、犯罪者の脳が使われ怪物が誕生して悲劇を生むというストーリーと、「ミツバチのささやき」に如何なる関係があるのか?謎です。わざわざこのシーンを挟んだわけですから、何か意味があるのだと思いますが、分かりません。怪物は、テレサの身の回りから多くのものを奪いし、フェルナンドに田舎で逼塞させたものの象徴かもしれませんが、アナにとっては「精霊」で、ますます分かりません。
 何故フランケンシュタインなのか、やはり謎。 

 内戦がスペインに落とした影は否定出来ませんから、舞台を1940年にとったこと自体、この映画にその影があることは事実でしょう。しかし、「ミツバチのささやき」には、スペイン内乱の悲劇を背景にひとりの少女のファンタスティックな世界とその崩壊を描いたファンタジーだと思います。
 映像が綺麗です。綺麗と言うよりベラスケスやレンブラントの絵画を見るような映像が随所に現れ、見入ってしまいます。結論は、この映画は難解で謎です。何方か解説して下さい...(笑。
 
PDVD_039.jpg PDVD_040.jpg
 アナとテレサ                     ベッドに横たわるアナ
 
 スペイン内戦と少女の幻視を描いた映画に「パンズ・ラビリンス」 があります。
 
監督:ビクトル・エリセ
出演:アナ・トレント イザベル・テリェリア フェルナンド・フェルナン・ゴメス テレサ・ジンペラ

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