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モルガン・スポルテス ゾルゲ 破滅のフーガ(1) [日記(2019)]

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                   独軍用オートバイ・ツェンダップ
 本書で、ゾルゲはヘル・ドクトール(Herr Doktor)、尾崎秀実は荒木秀実、宮城与徳は武藤誠として登場します。以下、イメージし易いようにゾルゲ、尾崎、宮城とします。
 スパイが主人公の小説ですからミステリと思ったのですが、スパイの人間像を描いた「小説」です。フランス語の原作によるものかどうか、原作句点を多用した粘っこい文章は読みにくいですが、慣れるとトウキョウの夜にうごめくスパイによく似合います。たとえば、

ここ(帝国ホテルのバー)が彼の嵐のような毎日に中で欠かすことのできない、停留所だ、夜明け前からクロームメッキできらめくツェンダップ(ドイツ軍用オートバイ)にまたがり、ハンドルをつかみ、自分の住む永坂町(小さな木造の一軒家)から永田町のドイツ大使館に駆けつけ、大使との朝食ミーティングをこなし、再び乗りまたがって、気の狂ったカラスさながらに黒革コートの裾を翻し、車の間をすり抜けながら、銀座の電通ビル七階にあるDNBドイツ国営通信社に向かう。

 1938年東京、帝国ホテルのバーで幕が開きます。ゾルゲは帝国ホテルからドイツ・バー”ラインゴールド”へ行き、愛用のオートバイ”ツェンダップ”で自宅に帰る途中、アメリカ大使館の塀に激突する事故を起こします。コートのポケットには機密文書があり、この事故で身辺が調べられればスパイであることが露見したかもしれないゾルゲ最大の危機です。飲酒運転による単なる事故なのか、あるいは自殺なのか?。ドイツ人でソ連のスパイであるゾルゲにとって、1938年はどんな意味を持っていたかです。

 1937年は、日本は盧溝橋事件によって日中戦争に突入し、ナチスドイツはラインラント進駐によって領土拡張の野望を顕し、ソ連は赤軍の大物トゥハチェフスキーが処刑され大粛清が激しさを増すという時代です1938年には、日本は張鼓峰事件がによってソ連と敵対し、ナチス・ドイツはオーストリアを併合しユダヤ人迫害(水晶の夜)が始まり、スターリンはブハーリンを逮捕しゾルゲの上司である赤軍参謀本部第4局長ベルジンを処刑し、ソ連秘密警察幹部リュシコフは満洲に亡命します。日本とドイツはファシズムの道を歩みだし、ソ連ではファシズム同様の粛清が吹き荒れる暗黒の時代。

 ゾルゲにも召還命令が出ます。モスクワに戻ればベルジン一派として粛清されることは必至。ゾルゲは、敵ナチスと日本帝国の情報をソ連に送りながら味方のソ連にも拒絶されるという孤独の中にいたことになります。(ゾルゲ諜報団の)マックス・クラウゼンは隠れ蓑のコピー機(青写真)製造会社が当たって皮肉にも資本家となり、フランス・アヴァス通信社の記者であるフランコ・ブーケリッチは日本人の恋人が出来、いずれもスパイ活動から離れたがっており、ゾルゲはモスクワの妻エカテリーナからの消息が途絶え、スパイ達は革命の大義と「私」の間で立ち往生していたことになります。この立ち往生の中でゾルゲは事故とも自殺ともつかず、オートバイでアメリカ大使館の壁に激突します。

飲み、また飲んで、更に多く、アルコールの中、アルコールを通して出口を探しているようであった、あまりに多くの要因が入り組んでいるため、解きほどきようのない問題の解決を。・・・女から女、バーからバーへ、そうやって彼は逃げていた、グラスを重ねて、そうやって彼はツェンダップに逃げていったのだ。あの夜、あれにまたがり合衆国大使館の塀に向かって飛び込むことで。おそらく死が救済であったのだろう。しかし、死が彼を望まなかった。

 ゾルゲは、優秀なジャーナリストである一方、酒豪で、ドイツ・バー”ラインゴールド”のホステス石井花子を愛人とし、盟友でもあるドイツ大使オットの妻とも関係を持つプレーボーイとして浮き名を流し、外国人社交界で花形となります。3年後の1941年、正体が露見し逮捕されます。一流のスパイは歴史の闇で死んでゆくならば、逮捕され伝説となったゾルゲはこの多感な人間性に足をすくわれたともいえます。

 1933年に来日したゾルゲは、ドイツの新聞社『フランクフルター・ツァイトゥング』の東京特派員、ナチス党員としてドイツ大使館に食い込み、その優れた分析能力で駐在武官オイゲン・オット(後に大使)の信頼を得ます。オットからのドイツ情報をソ連に流し、諜報活動によって得た情報をオットに流す、綱渡りの二重スパイです。朝日新聞記者で近衛内閣の参与である共産主義者の尾崎秀実を通じて日本の政治中枢に食い込み、画家でアメリカ共産党員の宮城与徳を使って軍事情報を収集します。その諜報活動を「リュシコフ尋問調書」でみると、オットは極秘資料の評価をゾルゲに依頼し、ゾルゲは大使館で小型のライカで文書を撮影、ブーケリッチが現像しマイクロフィルムにし、ゾルゲが評価した情報をクラウゼンが手製の無線機を使ってモスクワに送信します。逆探知を避けるため電波の送信場所を頻繁に移動するという用心を払ったようです。一方フィルムは伝書使(多くはクラウゼンの妻アンナ)を使って上海経由で送ります。つまり、ゾルゲ、尾崎秀実、宮城与徳が情報収集し、ゾルゲが情報を評価しクラウゼン、ブーケリッチがそれをモスクワに送るというのが、ゾルゲ諜報団のあらましです。                 
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 ゾルゲが乗ったダットサン17型    スパイ小道具ライカⅡ

続きます

タグ:読書 ゾルゲ
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