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奥泉 光 雪の階(2018 中央公論新社) [日記(2019)]

雪の階 (単行本) 奥泉 光は『「吾輩は猫である」 殺人事件』以来です。
 天皇機関説事件、永田鉄山暗殺、226事件の起こった昭和10~11年、ファシズムの色濃い時代を背景に、二十歳の伯爵令嬢・笹宮惟佐子と女性カメラマン・千代子が心中事件の謎を追うミステリです。文体は絢爛にして流麗かつ晦渋、装飾過重とも云えますが、これは「昭和浪漫」を色濃く描く装飾でしょうか。

 惟佐子は友人、帝大教授の娘・寿子が革新派青年将校と青木ヶ原の樹海で情死する事件が起きます。寿子は青酸カリ、将校は拳銃で心臓を撃って命を絶ち、寿子が妊娠していたことで行き場を失った男女の心中事件として片付けられます。惟佐子は友人の死に疑問を抱き、千代子の助力を得て真相を調べ始めます。
 本書の魅力のひとつが、この惟佐子の造形です。伯爵で貴族院議員の娘、女子学習院に通う二十歳の令嬢。「錦絵から抜け出したような装い・・・決して現代的な美人顔ではないのに、眼を惹き付けてやまぬ艶味のある佇まい」と描かれる美人。エラリー・クィーン、ヴァン・ダインの探偵小説を原書で読み、囲碁と数学の懸賞問題を解くのが趣味という、深窓の令嬢らしからぬ女性です。
 もうひとりのヒロイン千代子は、惟佐子の幼馴染みの女性カメラマン。昭和10年に女性ながらカメラ片手に現場を駆け巡る時代の先端をゆく女性です。惟佐子の意を受けて新聞記者の蔵原とともに生前の寿子の足取りをたどり、情死の真相を追います。

 『雪の階』が普通のミステリと異なるのは、事件を昭和の政治状況と結びつけ、さらに(好き嫌いが分かれると思いますが)伝奇的要素を盛り込んだところでしょうか。
 ドイツから有名なピアニストが来日し、ピアニストと深交のある惟佐子の叔父・白雉博充が登場し(名前だけですが)、白雉が関係する心霊音楽協会、神智学の話となり、白雉の著書『偉大なる文明の復活と超人類の世紀』の解説が出るに及んで、ほとんど半村良の「伝説シリーズ」の趣となります。

 この『超人類の世紀』とは、ナチスの「アーリア人種優越論」のアジア版。アーリア=ゲルマン人種と日本人種は、超古代に起源を持つ「神人」の子孫であるとし、この神人が猿人や獣人と混交し純潔な神人の血統はドイツと日本にわずかながら残されており、その血統を保護・醇化するのが急務であると説く。

 さらに、朝鮮半島から渡来した天皇家の祖先はユダヤ人であり、天皇家には獣人の血が混入している。これを日本人が皇孫として崇めるの誤りであり、日本人種の「神人性」の醇化という観点からから害悪であるとし、現陛下が英米流の自由主義に固執するのは、血中に濃く流れるユダヤ性であると批判。汚染された血を清くすることは難しく、これを廃すべきである。
 そして、神人の血統を正しく伝える「純潔天皇」、高天ヶ原に最初に現れたアメノミナカヌシノカミの直系である「純潔天皇」を発見しなければならない。ナチスのアーリア=ゲルマン人種純化運動同様、「純潔天皇」の出現こそが日本人種の「神人」醇化事業の発端となり、新・神聖代とも呼ぶべき日本帝国の新たな栄光の時代の始まりとなる...、というトンデモ本です。

 天皇の下に万民が平等な新体制を打ち立てる「昭和維新」が、「純潔天皇」を戴く「神人醇化運動」に擦り代わり、「アメノミナカヌシノカミ」を教義の中心に据える新興宗教の存在が明かされ、惟佐子も千代子も、寿子と革新派青年将校の情死事件ももろ共に「226事件」へと雪崩れ込みます。226事件の影にあったかもしれない、もうひとつ226事件の物語りです。

 500ページを越える長編ですが、犯人探しに釣られて一気に読めますが、オカルト本やアメノミナカヌシノカミの出現で、ミステリが伝奇小説に変わり、昭和史の裏面を期待したむきには肩透かしをくらうことになります。荒唐無稽とも云えるストーリーですが、「島津ハル事件」なる元ネタがあるようです。

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