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山際淳司 みんな山が大好きだった(1995 中公文庫) [日記(2019)]

みんな山が大好きだった  1983年刊の『山男たちの死に方:雪煙の彼方に何があるか:遭難ドキュメント』の改題、再版。
 加藤保男(1982エベレストで遭難死)、森田勝(1980ヨーロッパ・アルプスで転落死)、長谷川恒男(1991カラコルムで遭難死)、ヘルマン・ブール(1957チョゴリザで遭難死)等の登山家の生き様、死に様を描いたノンフィクションです。英国の登山家ジョージ・マロリーの、何故山に登るのかと問われ「そこに山があるからだ」と答えた逸話は有名です。本書は、山で死んだ登山家ひとりひとりの「何故山に登るのか」の答えを探すノンフィクションです。

 登山というスポーツの面白いところは、(本書が書かれた1980年代は)ほぼ「プロ」が成立しないことです。プロ野球選手、プロゴルファーは存在しましたが、エベレスト登山などには短期的にスポンサーが付いても、プロ登山家はいません。言い換えれば登山家は全員がアマチュア。金銭的見返り無しに、サラリーマンや学生の傍ら、場合によっては死と隣り合わせた登山に出かけるわけです。何が彼らを山に駆り立てるのか?。

 山際淳司には『スローカーブを、もう一球』というスポーツを題材にしたノンフィクションの名著があります。本書に、変速フォームから繰り出す山なりのスローカーブが甲子園を沸かせ、日本シリーズで江夏が投げた21球などの「ドラマ」はありません。山で死んだ登山家の「何故山に登るのか?」の答えが語られるだけです。曰く、冒険心、闘争心、日常(倦怠)からの脱出、命を賭けた遊び、ロマン、ダンディズム、と著者はいろいろ想像しますが、答えは、(そうは書いていませんが)心にポッカリ空いた穴?。彼らはその穴を埋めるように黙々と山に向かいます。穴の大きさ深さが、例えば単独行、冬季登山、8000m級の山での無酸素登山と、より困難な登山へと向かわせるのかも知れません。答えは登山家それぞれの「人生」と背中合わせであるぶん、それは深淵の底です。
 死者は語りませんから、彼らの著書、日記、何より行動を手がかりに、筆者が語ることになります。それは、山際淳司が何故ノンフィクションを、小説を書くのか?という答えの相似形でもあるような気がします。スローカーブを、もう一球』のドラマを期待したのですが、期待はずれ。

タグ:読書
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