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高橋たか子 高橋和巳の思い出(1977 構想社) [日記(2018)]

高橋和巳の思い出  『高橋和巳という人』の続きです。小説家はその作品がすべてであり、小説家の人となりなどはどうでもいいことなのでしょうが(かつての熱心な読者としては)気になるところです。妻による高橋和巳論でもあります。

作家の奥さん
 主人が文学について言うことを一つ一つ、私は頷いて肯定し、主人が将来について意気銷沈すると、私はしつこく慰め励ました。・・・とにかく私は主人の文学的才能を狂信していたのであるから、主人がなかなか作家として出られないという客観的事実が肯定できなかった。
 いまから思えば、誇大妄想狂の自信家の男と、その男の才能を狂信する女と、二人三脚で走りだしたようなものだ。

 妻に話すことによって構想が膨らみ、妻が小説家を目指す夫を激励し、彼の書き散らかした断片をつなぎ合わせ、清書して出来上がったのが『捨子物語』だったそうです。たか子は妻であるとともに読者であり編集者だったわけです。

生まれ育った家
 高橋和巳の「生まれ育った家」について書いた章です、

 私にとって人間関係とは対立関係ということであった。つまり、たとえ家族であっても、ひとりひとりが互いに個人である者同士の関係をいう。ところが主人が生まれ育った家では、個人が家族という湯槽を満たしている生温かい湯に溶け込んでいるのである。対立がないのである。・・・主人がこういう場所で生まれて育ったということに、人格においても文学においても決定的なものがある、と私は考えている。・・・

 それは、祖母と母が中心になってつくりだしている、近代的な自我意識などといったものの皆無の、女の微温的肉体そのもの拡がりのような、家の雰囲気であった。・・・そこに天理教とか土俗仏教の雰囲気が浸透している。・・・

 主人の高度のインテリ性は、下部のほうで、こういう雰囲気に溶解している。

 高橋和巳は、昭和6年、大阪市西成区東四条(町名変更で萩之茶屋?)で生まれています。釜ヶ崎(あいりん地区)に含まれる、大阪の下町です。『捨子物語』『邪宗門』(たか子によると傑作)に現れる土俗性、宗教性は、こうした生い立ちによるといいます。
 書かれることのなかった『幻の国』は、「古代以来さまざまな宗教が土地に染み付いている印度という国で生れ、そうした風土のなかで宗教性をつちかわれた印度の少年が、仏教と美の国をもとめて日本にはるばると旅してくる物語」、一種のユートピア小説だといいます。原稿用紙三枚半の『幻の国』の草稿の「夢が崩れはてる」構想は、高橋和巳の好む発想であり、それは、地獄から翔け上って途中から地獄にまっ逆さまに墜落してゆくイメージであり、その地獄とは、生まれ育った釜ケ崎の黙示録的なイメージではないかと言います。『邪宗門』において、神ノ国を追われた信者たちがたどり着き、食を断って自殺するのが釜ケ崎と思われる土地でしたから、この推測は当たっています。

自閉症の狂人

 主人は要するに自閉症の狂人であった。・・・閉ざされた宇宙のなかで観念の積木遊びをしていたのだ。一つ、二つ、三つ、と観念を積んでいき、黙々と、ただ一人で、積んでいく。・・・それらの積木の一つ一つは一様に憂愁の色をおびていて、出来上がった積木の家には朦朧とした暗い光がたちこめる。

 この文章を読んだ昔、妻が夫を「自閉症の狂人」と書くことに抵抗をおぼえましたが、現在、文脈のなかで捉えると、夫は少々変わった人でそれが個性なのだ、と読めます。

虚無僧
 高橋和巳は若いころ虚無僧になりたいと言っていたようです。

 私は時折こんな夢想をすることがある。死んだ主人が虚無僧になって、一軒一軒の門前で、あの悲哀の音色を尺八で吹きながら、自分の憂鬱な思想を訴え続けていることをー。・・・主人は死んだのではなくて、虚無僧になって歩いていて、或る日、私はふと出会うかもしれない。だが顔は見えないので、それが誰なのかわからない。-そんな夢想を私はしてみるのである。

高橋和巳に虚無僧は似合ってます。

 高橋たか子自身小説家であり、相当個性の強い人です。自閉症の狂人という文言はありますが、高橋和巳に対する尊敬と愛?に満ちた一冊です。 

タグ:読書
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映画 ダブル・ジョパディー(1999米) [日記(2018)]

ダブル・ジョパディー [DVD]  ダブル・ジョパディーとは、同じ犯罪で2度罰せられることはないという、アメリカ憲法の修正条項だそうです。この法律を使ったサスペンスです。

 ヨットのキャビンで、リビー(アシュレイ・ジャッド)は深夜に夫のニックがいないことに気がつきます。甲板に出てみるとそこには血痕と血の付いたナイフ。図ったように警備挺が駆けつけ、リビーは夫殺しの容疑で逮捕されます。
 ニックの遺体は見つかりませんが、リビーは、200万ドルの生命保険金目当てに夫を殺し殺人罪となり、一人息子を友人のアンジーに託して服役します。おとなしく罪を認めて仮釈放を期待した方が得策、という弁護士の助言に従ったわけです。

 リビーがアンジーに電話した時です。息子の”ダディー”と言う声が聞こえたことで、リビーは、夫は生きており、殺人は仕組まれたもので背後にアンジーのいることを悟ります。元弁護士の服役囚から「ダブル・ジョバティー」を教えられ、リビーの真相解明と復讐の計画が始まります。復讐のためひたすら耐え、リビーは6年の刑期で仮釈放となって保護司トラヴィスの元に身を寄せます。トミー・リー・ジョーンズ登場です。強面ですが根は善人という役柄が多いです →今回もその通り。

 ここからが本番。リビーはトラヴィスの元から逃げ出し、連絡の取れなくなったアンジーを探します。アンジーを見つければ息子に会え、ニックの居所も分かるはずです。トラヴィスは逃げ出したリビーを追い、リビーはアンジーを追うという二重の追跡劇が始まります。
 やっと見つけたアンジーは、ガス爆発か何かで亡くなっています。これはニックの仕組んだ殺人ではないか?、リビーは事故を調べるうちに、新聞記事のアンジーの写真の背後に写り込んだカディンスキーの絵画に注目します。カディンスキーの絵はニックがリビーと暮らした部屋に飾られていたもので、カディンスキーを追えばそこにニックがいる!。
 カディンスキーの絵の所在を突き止め、ホテルのオーナーとなっているニックを発見します。トラヴィスは、リビーを追う間に、リビーの無実を信じはじめ、リビー+トラヴィスvs.ニックとなります。マァ当たり前のメデタシメデタシの結末となります。

 で、面白いかというと、ヒロインが如何に無実を晴らすのかという期待で、最後まで見てしまいます。民放のバラエティ見るよりは面白いです。

監督:ブルース・ベレスフォード
出演:アシュレイ・ジャッド トミー・リー・ジョーンズ

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高橋和巳 悲の器 (1996河出文庫) [日記(2018)]

悲の器―高橋和巳コレクション〈1〉 (河出文庫)

蹉跌
 東京大学を連想させる国立大学の刑法教授・正木典膳の躓き、蹉跌の物語です。典膳は、現象学的法学理論(確信犯理論)を構築し、法学部長の地位にあり、政府の審議会にも名を連ねる公法の重鎮。

 典膳は、妻・静枝が癌で闘病中、家政婦・米山みきと5年間の交情を続け、妻の死後、親子ほども歳の離れた栗谷清子と婚約します。妻の座を期待していた米山みきは、「婚約不履行および共同生活不当破棄による損害賠償請求の訴え」を起こし、雑誌に典膳を非難する手記を発表します。典膳は米山みきを名誉毀損で訴え、刑法学者はこの思わぬ「痴情事件」によって破滅への道を歩み始めます。警職法反対闘争に言及されていますから、舞台は昭和33年頃です。

 何処にでもある三角関係のもつれが、象牙の塔に隠る刑法学者によって演じられるところが、この小説の眼目です。何よりも論理と明晰を重んじる学者が、愛という非論理の世界に絡め取られる物語、刑法学者の「罪と罰」の物語です。

転向
 正木典膳の蹉跌は痴情事件から始まった訳ではなく、ずっと以前、昭和初年から始まっています。時代は、滝川事件に端を発する京都帝大に言論弾圧の嵐が吹きすさぶ頃。典膳の所属する研究室の助教授が特高に逮捕されて大学を追われ、助手はアナーキストとなって大学を去ります。ふたりは権力に媚びなかったため大学を追われ、典膳は媚びたわけではなかったものの、沈黙することで逮捕を免れます。さらに、大学から地裁検事に転出することで時代から、「暗い谷間の時代、観念の屠殺場」から逃れたことになります。
 戦後大学に復帰した典膳は「現象学的法学理論」を完成させ、法学部長となり次期学長と目されるまでに上り詰めます。

確信犯
 大学教授という知識人が主人公である『悲の器』は、観念的で衒学的な小説です。典膳は、「現象学的法学理論」を打ち立てますが、この「理論」の核心は「すべての犯罪は確信犯である」。確信犯罪とは何か? 、

 人の意識そのものが、フッサールも言えるごとく、すべてノエシス・ノエマ的相関体である以上、すべての行為には、所与性とともに能作性がある。何もしないでいることにも、過失の中にも、試行錯誤の中にも。人が自由であることを認める以上、すべて行為の行為責任は、その行為をなした行為者に帰せられねばならないからだ、云々。

 ゆえに、「すべての犯罪は確信犯である」ということになります。『悲の器』では、こうした衒学的記述が随所に散りばめられ、典膳を法と論理の権化として描き、典膳が法と論理で人を裁断する様が描かれます。
 現象学は認識の方法論?で、確信犯は自己の理念や正義に基づいて行われる犯罪ですから、すべての犯罪は確たる認識に基づいて行われ、ついウッカリという過失はなということでしょう。そうすると、人の行動も当然確信によってなされるわけで、典膳が米山みきと関係を持ち、関係を持ちつつ栗谷清子と婚約したことも、また確信「犯」と言えます。犯罪に至らずとも人倫にもとると考えた米山みきは訴訟を起こし、栗谷清子は婚約を解消したわけです。不思議なことは、典膳はこの自ら起こした「犯罪」を一度も自身の法理論で検証していないことです。典膳のなかで、刑法学者と三角関係が見事に両立していることです。

裁断
 典膳の裁断者は、地方大学で経済学を教える次弟典次、キリスト教司祭である末弟規典、醸造学の研究者である息子茂です。
 典次は、理想社会が訪れたら人間が直面する問題は何か?と問い、典膳を愛の問題へと誘導します。茂は、米山みきの言動を主婦の井戸端会議で見られる「情動言語」であるとし、学者として論理的であろうとする典膳が「情動言語」を理解できなかったことを訴訟騒動の原因であるとします。宗教者である規典は、典膳を弾劾します、

 リベラルな態度、中正な法解釈、穏健な保守主義を身にまとい、人々の信頼を得、地位を獲・・・あなたは、何人の介入をも許さぬ審判者となり、憐れみつつ人に慈悲をたれる絶対者になった。・・・神のごとく薄笑いしながら、何人の心貧しき人々を、何人の使徒を、何人の異教徒を〈試し〉たか。

 三人とも、典膳が、学問に向ける思考法(論理)だけで人間関係を理解し、人と人が結ぶ絆や「情」を無視した(理解できなかった)ことを非難します。米山みきとの関係は、家政婦と雇い主の雇用関係であり、肉体の関係はお互いが「確信」して結んだ関係であり、結婚の約束をしたわけではないから「婚約不履行および共同生活不当破棄」には当たらない、という理屈です。米山みきは妊娠中絶までしていますが、強要はしなかった、米山みきの自発的な行為だ、胎児殺しは殺人罪には当たらないと、云々。

 男女の泥試合をえんえんと読まされることになります。典膳が身に纏ったフッサールもヘーゲルもマルクスの衣装も、米山みきによって徹底的に剥がされますが、典膳自身はそれに気づかない(気づかないフリ)という悲劇というより、喜劇です。

倨傲
 典膳の躓きはなおも続きます。自治会役員の停学処分の撤回を求め寄った学生たちとの小競り合いが生じ、その内のひとりが「卑劣漢」と罵ったことで、典膳は学内に警察を入れます。「大学の自治」を教授自らが放棄する行為です。典膳は形式上の進退伺いを学長に提出し、「進退伺い」は一人歩きし、典膳は辞任に追い込まれます。
 典膳はひたすら滅びの道を墜ちてゆきます。

 私は死んでも、私には闘いの修羅場が待っているだろう。私を踏みつけにせんとする悪魔どもがつぎつぎとあらわれ、現れつづける。わが待望の地獄が。私は慈愛よりも酷烈を、奴隷の同情よりも猛獣の孤独を欲する。私は権力である。私は権力でありたい。天国の天使たち、天国に憧れる人間どもの上に跳梁し、人間どもの善行や悪行、人間どもの生や死、人間どもの幸福や不幸、それら一切の矮小なものときっぱり絶縁し、平然と毒杯をあおりながら哄笑したい。・・・
 さようなら、米山みきよ、栗谷清子よ、優しき生者たちよ、私はしょせん、あなたがたとは無縁な存在であった。(完)

 一言で片付ければ、何処にでもあるありふれた三角関係の物語です。高橋和巳は、何ゆえ、正木典膳という人間を創造し、完膚なきまでに破壊したのか?、です。おそらく、インテリゲンチャを素材に高橋版『罪と罰』を書きたかったのでしょう。高橋版にはソーニャが登場しません。栗谷清子をソーニャにしたかった筈ですが、典膳を地獄に墜とす方を選択したようです。

 高橋和巳は、昭和27年頃から処女作『捨子物語』を書き始め、33年に自費出版。34年に「VIKING」同人となり「『憂鬱なる党派』を連載しながら、他方、ひっそりと『悲の器』を書き続け」、37年にこの小説で第一回文芸賞を受賞しています。(高橋たか子『高橋和巳の思い出』)

タグ:読書
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DIY 液晶TVの転倒防止 [日記(2018)]

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 6/18の北大阪の地震は、けっこう揺れました。幸い南部の堺に住んでいるので、震度4で物が倒れるということはありませんでした。南海トラフ地震が懸念されるうえ、堺市は上町断層帯の尻尾に位置しているので、いずれ来そう。液晶TVが危ない。
 TVの取説を見ると、↑のような記載があります。台座をネジで固定し、液晶の背面をロープで固定するようになっています。背面は、ロープを通すプラスチックがヤワなので、震度6ではきっと吹っ飛びます。壁掛けのボルト穴が4個あいている(たぶん内部でシャーシと繋がっている?)ので、これを使って転倒防止をやってました。ありあわせのボルト(4.8の刻印があるのたぶん4.8mm)と針金(ハンガー)、ロープは電気コードですからコストはゼロ。

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 しっかり固定できていますが、震度6に耐えられるかどうかは?、これで倒れるほどの地震が来れば、来た時のことです(笑。タンスの方は、転倒防止のベルトを買ってきましたが、工夫すればコストゼロで出来たはず、残念。

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映画 チャイルド44 森に消えた子供たち(2015米) [日記(2018)]

チャイルド44 森に消えた子供たち [DVD]  トム・ロブ・スミスの『チャイルド44』の映画化です。原作を読んだ当時、監督はリドリー・スコットという情報でしたが、今見ると監督ではなく制作に回っています。

 邦題の「森に消えた子供たち」は、微妙です。1930年代のウクライナの大飢饉で、森に逃げ込んで飢えをしのいだ子どもたちを指し、1953年に殺されて森に遺棄された子どもたちを指すのでしょうが、ストーリーの中核はスターリン体制下で政治警察が暗躍し密告が横行する世界です。

 スターリン時代には、無理な工業化推進と農作物の不作のため数百万の餓死者を出し、体制維持のために数10万名にものぼる粛清(処刑)が行われたといいます。『チャイルド44』は、こうした時代を背景に、政治警察MGB(後のKGB)の捜査官レオが描かれます。

 レオ(トム・ハーディ)は、1945年のベルリン解放で国会議事堂にソ連の旗を立て、その写真が新聞で報道されたことによって一躍英雄となります、ソ連得意のプロパガンダです。この時一緒にいた、アレクセイ(ファレス・ファレス)、ワシーリー(ジョエル・キナマン)がストーリーの展開に関わってきます。英雄はアレクセイでもワシーリーでもよかった筈ですが、たまたまレオが旗を持ったために英雄となったわけです。この心理的確執がその後のレオに影を落とすことになります。
 大戦後、レオ、アレクセイ、ワシーリーの三人は政治警察MGBに入ります。スターリン体制下の政治警察ですから、やりたい放題。確たる証拠も無しに反体制派を捕らえては裁判もなしに銃殺するという、恐怖政治の尖兵です。

 レオ、アレクセイ、ワシーリーの三人が関わる、ふたつの事件が起きます。スパイ容疑で獣医(ジェイソン・クラーク)が逮捕、銃殺され、獣医はレオの妻で小学校教師のライーサ(ノオミ・ラパス)が西側のスパイであることを自白します。逮捕の時、ワシーリーは獣医を匿った農民夫婦を子供の前で勝手に銃殺し、レオの怒りを買い殴られます。獣医の取り調べにあたったのはワシーリーですから、ベルリンでの確執とレオに殴られたことの復讐です。
 もうひとつが、アレクセイの息子が殺された事件。アレクセイの息子は線路脇で裸の死体で発見されます。明らかに殺人事件ですが、「(共産主義国という)楽園に殺人は無い」とするスターリンの教条によって事件は事故となります。アレクセイは殺人だと主張しますが、事を荒立てるとアレクセイの身に災いが降りかかるため、レオは告発を思い止まらせます。

 レオは妻のスパイ容疑を晴らすために捜査しますが、証拠は出てきません。MGBに疑われれば無実はあり得ないため、レオの父親は「レオと両親の3人が死ぬか、ライーサが死ぬかの選択」だと言い、レオにライーサの告発を勧めます。スターリン体制下では、生き残るためには身内を売るしかないわけです。レオは妊娠した妻を売らなかったため、地方のヴォルクスの民警に左遷され、ライーサは同地の小学校の掃除夫となり、ワシーリーはレオの後任に昇格します。

 前半ではスターリン体制とそこに暮らす恐怖が描かれました。後半では、44人の子供が殺された殺人事件を捜査するレオと、ライーサが描かれます。

 ヴォルクスでも拷問痕のある子供の絞殺死体が発見されます。死体の状況はアレクセイの息子と同じであり、同一犯の犯行と考えたレオは、警察署長ネステロフ(ゲイリー・オールドマン)とともに捜査を開始します。アレクセイの息子の事件を闇に葬ったレオが、何故今になって捜査に乗り出すのか?。たぶん、ライーサに結婚にまつわる真実を告げられたからだと思われます。MGBの捜査官であるレオに求婚されたライーサは、断ればどんな報復が待っているか分からないため、嫌々受け入れたと告白します。今でも愛していないし、レオが恐ろしいと。また、妊娠は嘘であり、妊娠していると言えばレオは自分を売らないだろうと考えた、とも告白します。ライーサの告白によって、また妻を売らなかったことで左遷されたことで、レオは体制に疑問を抱いた(確信した)のでしょう。この国で真相を求めるのは危険だ、粛清されるというライーサに、おれたちはもう死んでいると答える辺りにもそれが伺えます。捜査を渋るネステロフに、我々が党の言いなりで真相を闇に葬っていたら、犯罪への荷担だ、犠牲者が増え続けると説得しています。
 レオとライーサはモスクワで捜査を続け、ネステロフは、同じ手口の子供の殺人が43件(アレクセイの息子を含めて44件)あったことを見つけ出します。怖いのは、この44件について、いずれも事故か犯人が逮捕されるかで解決していることです。

 ワシーリーはヴォルクスのMGBにライーサを逮捕させ、モスクワに呼び戻して元の職場に復帰させてやるから一緒に住もうなどと、執拗にレオへの復讐を続けます。拒否するライーサを、MGBの捜査官使って暴行する有様。結局、ワシーリーのこうした復讐が、逆にラーサとレオの絆を強くするわけで、(原作同様)この辺りもう少し突っ込んで描いてほしかった。

 レオとネステロフは犯人を突き止めますが、ミステリとしては平板。連続殺人事件を解決したレオはMGBに帰り咲きます。レオを迎えた上司の言葉は、今はもう新体制だ。『チャイル44』は、スターリンが死んでフルシチョフが取って代わる1953年を舞台にしていますから、こうしたセリフが生きてきます。ところが、連続殺人犯については、2年間捕虜収容所にいた、怪物として西側から送り込まれた、と結論づけます。スターリンからフルシチョフへと指導者は変わっても、ソ連の実態は何も変わっていないわけです。

 Wikipediaによると、『チャイルド44』の評価は、
「アクション映画を得意とする監督のダニエル・エスピノーサは大きな物語と社会的な題材のなかで身動きが取れなくなっている」と指摘し、「本作は時折、『ドクトル・ジバゴ』と『羊たちの沈黙』の統合失調症的な混合に化している」
だそうですが、言い得て妙です。原作が面白かっただけに、残念な結果です。続編の『グラーグ57』の映画化は無さそうです。映画より原作がお勧めです。

監督:ダニエル・エスピノーサ
原作:トム・ロブ・スミス
出演:トム・ハーディ、ゲイリー・オールドマン、ノオミ・ラパス、ジョエル・キナマン、ジェイソン・クラーク、ヴァンサン・カッセル、ファレス・ファレス

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映画 マリアンヌ(2016米) [日記(2018)]

マリアンヌ [DVD]  原題は Allied、同類、同盟。ブラッド・ピット、マリオン・コティヤール主演、第二次世界大戦を背景にしたラブストーリーです。
 1942年、連合国中佐マックス(ブラッド・ピット)がパラシュートで仏領モロッコの砂漠に着地します。当時のモロッコはドイツの傀儡ヴィシー政権の管理下、実質ナチスドイツの管理下にあります。マックスはレジスタンスのマリアンヌ・ボーセジュール(マリオン・コティヤール)と夫婦を装いモロッコのドイツ大使暗殺を企てます。赤の他人同士が夫婦を装うわけですからなかなか微妙、クスグリが効いています。

 大使暗殺に成功しロンドンに帰り着いたとマリアンヌは、「作戦下で生まれた恋愛など、うまくいかないよ」という忠告にも耳を貸さず、結婚してしまいます。娘が生まれ、ふたりは幸せの絶頂にある時、とんでもない事件が起こります。何と、マリアンヌはドイツのスパイだというのです。イギリス軍の作戦がドイツに漏れ、その電波の発信源が2人の住む地区から発信されていると言うのです。マリアンヌは1941年にフランスで殺されており、マリアンヌに似たドイツの女スパイが彼女になりすましている。マックスとマリアンヌの暗殺した大使もヒトラーから処刑命令が出ている反体制派だというのです。
 マリアンヌがスパイであることを確かめるため、オトリ作戦が実施されることになります。偽情報をマックスに電話で伝え、マックスはメモをマリアンヌの目に触れる所に放置する。ドイツ軍に連絡する電波を傍受し、偽情報であればマリアンヌはスパイということになります。もしスパイであれば、マックスは自らの手でマリアンヌを処刑しなければならない。猶予は72時間。

 マックスはマリアンヌの潔白を求めて動き出します。禁止されていても誰も止められません。妻の写真を持って彼女を知っているという工作員を訪ね、妻が本物のマリアンヌ・ボーセジュールである確証を得ようとします。一人目は作戦で盲目となり確認できず、写真を託した二人目は撃墜され、マックスは飛行機でナチス占領下のフランスへ飛びます。やっと見つけた三人目は、写真をみてマリアンヌだと認め、彼女が水彩画が得意であることまで証言し、マックスは安心しますが、最後にピアノが上手だったと付け加えます。妻のピアノを弾く姿は見たことがない!...。愛する妻マリアンヌは本物のマリアンヌ・ボーセジュールなのか?、それともドイツのスパイなのか?。

 アクションシーンもありますが、女性を意識したスパイものです。『フォレスト・ガンプ』のロバート・ゼメキスですから、なかなか見せてくれます。

監督:ロバート・ゼメキス
出演:ブラッド・ピット マリオン・コティヤール

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映画 ディスタービア(2007米) ~現代版「裏窓」~ [日記(2018)]

  ディスタービア [DVD] シャイア・ラブーフ主演のサスペンスです。2007年ですから、ラブーフは高校生という設定。ヒットしたらしいですが、青春モノ+サスペンスで同世代が支持したんでしょうね。

 高校生のケイル(シャイア・ラブーフ)は、スペイン語の授業で教師を殴り、3ヶ月の保護観察となります。3ヶ月間足首にGPSを着け、自宅から半径30mが行動範囲。30mを越えると警報が灯り、たちまち警察が駆けつけるという仕組みです。この仕組みを使ったサスペンスです。
 折から夏休み、友人はハワイだ何処だと出掛け、ケイルは自室に閉じ籠ってTVを見るかゲーム。ゲームばかりやっているので、母親(キャリー=アン・モス)にnet接続を止められます。ゲームを止められたケイルが、次に始めたのが双眼鏡を使った近隣の覗き見。ちょうど隣に美人の高校生アシュリー(サラ・ローマー)が引っ越して来て、アシュリーの生態を観察することに熱中します。

 コレ、ヒッチコックの『裏窓』のパクリですね。『裏窓』のジェイムズ・スチュアートは、骨折で動けない慰めに向かいのアパートの住人を観察し、殺人を目撃します。ということは、遅かれ早かれ殺人が起こるはずです。ジェイムズ・スチュアートの部屋を度々訪れるのが、かのグレース・ケリー。『ディスタービア』ではサラ・ローマーがグレース・ケリーに相当します。

 クラブの女性が、青のムスタングで連れ去られる事件が起き、ケイルは向かいのターナー(デヴィッド・モース)の部屋の窓にこの女性らしき人物を見つけ、おまけにターナーの車庫には青のムスタング。クラブ女性誘拐殺人?事件の犯人はターナーだ! →予定通りの筋書きです。『裏窓』では殺人があったのかどうかは最後まで不明ですが、こちらの方は猟奇殺人が行われます。ケイルにアシュリーと同級生のロニー(アーロン・ヨー)が加わり、事件解明の探偵ゴッゴが始まります。ターナーがケイルの部屋を襲うあたりもイッショ。唯一足首のGPSだけが現代的。

 殺人犯に『グリーンマイル』『ダンサー・イン・ザダーク』のデヴィッド・モースを配していますが、この人、善人役のイメージが強いのであまり恐ろしくありません。『裏窓』のレイモンド・バーの方が適役でした。
 ここまで似ていると、『裏窓』の著作権管理会社から訴えられています。結果はシロだったようですが、最初から潔く、「ハイスクール『裏窓』殺人事件」とした方が良かったでしょうね(笑。そうなると、グレース・ケリーの役を誰がやるかです...。

監督:D・J・カルーソー
出演:シャイア・ラブーフ、サラ・ローマー、アーロン・ヨー、デヴィッド・モース、キャリー=アン・モス

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映画 ファインド・アウト(2012米) [日記(2018)]

ファインド・アウト [DVD]  『マンマ・ミーア!』のアマンダ・セイフライド主演のサスペンスです。
 ジル(アマンダ・セイフライド)は、家に侵入した変質者に誘拐され、森林公園の穴に閉じ込められ自力で逃れたという過去を持っています。穴には、他にも誘拐された遺体があるというのです。警察は大々的な捜索を行いますが、誘拐犯の侵入した痕跡も監禁された穴も発見されず、誘拐はジルの妄想とされ精神病院に入院させられます。その後、行方不明者が出る度にジルは自分を誘拐した犯人の仕業だと警察に駆け込み、ジルは妄想狂というレッテルを貼られます。

 「誘拐事件」から1年後の話です。ジルが徹夜のアルバイトから帰ると、同居していた妹が見当たりません。パジャマのまま、ピアスの片方を残し忽然と消えています。妹は自分と同じように誘拐されたと警察に駆け込みますが、どうせ恋人と過ごしているのだろうと、誰も妄想狂のジルの言うことを信じません。
 妹は本当に誘拐されたのかそれともジルの妄想なのか、これがサスペンスの主題です。

 ジルは自力で妹を探し始めます。深夜に物音を聞かなかったか?と近隣に聞いて回り、ジルの聞き込み捜査が始まります。バイクが盗まれた、認知症の祖父を探しているなどなど、彼女は嘘の天才。妹が誘拐されをたと言っても信じて貰えませんから、仕方がないでしょうか、こうも易々とデマカセが口をついて出るのですから、見ている方もジルは精神異常なのかと疑ってしまいます。
 ジルが拳銃を所持していることが発覚し(精神病の病歴がある人間は、拳銃を持てないらしい)、警察はジルを危険人物として探し始めます。誘拐犯を追うジル、ジルを追う警察と、三つ巴のサスペンスが展開されることとなります。
 妹は本当に誘拐されたのか?それともジルの妄想なのか?。アマンダ・セイフライドが演じるのですから、妄想狂ということはありません。それとも、妄想の裏になにかあるのか?。
 ジルは警察を出し抜き、誘拐犯を追い詰めます。自分を妄想狂だとする警察を逆手にとったラストは、ナルホド。
 小品ですが、マァマァ面白いです。

監督:エイトール・ダリア
出演:アマンダ・セイフライド

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備忘録 macbook proのSSD化 その1(失敗編) [日記(2018)]

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 macbook pro(macOS のバーション10.9.5)が遅いのでSSDに入れ替えてくれと頼まれました。macなど触ったこともない!。仕方がないのでwebで情報収集して挑戦。やり方は、
 a)TimeMachineを使ってシステムとデータをコピー
 b)MacOS標準の機能でコピー
 c)net経由でmacOSをクリーンインストールしてデータを復元
 d)HDDクローン作成アプリを使う
など方法があることがわかりました。今回はこちらのサイトを参考にa)をやってみました。

HDD→SSD
 SSDに換装は簡単です。0番のドライバや♯6のトルクスドライバを用意せよと書いてありますが、手持ちのドライバと、トルクスドライバはラジオ・ペンチで代用しました。
 1)裏の10個のネジを外すと裏蓋が外れます。短いネジが7本、長いネジが3本で、位置を覚えておく
 2)念のためにバッテリコネクタを抜いておく
 3)HDDを固定している2本のネジをゆるめ、HDDを取り出してコネクタを取り外す
 4)HDDの4本のピンをトルクスドライバで外す(ペンチで代用可能)
戻す場合は、
 5)上記のピンをSSDに取り付け、4)→1)の順に元に戻す

バックアップ、SSD換装、パーテーション作成
 1)システム環境設定ーTime Machine]を開く
 2)今すぐバックアップを(外付けHDDに)作成
 3)macbookのHDDをSSDに入れ替える
   4)macの電源を落とし、command + Rで起動
 5)macOSユーテリティが立ち上がるので、ディスクユーティティを選択
 6)SSDを指定して「消去」ボタンをクリック
 7)diskの名称を入れ、フォーマット:Mac OS拡張(ジャーナリング)、方式GUIDパーティションマップを指定(いずれも初期値)
 8)消去をクリック →パーテーションが作成される

TimeMachineからシステムとデータを復元
 1)ディスクユーティティの「Time Machineバックアップから復元」を選択
 2)「バックアップ済みデータの選択」画面から先程バックアップした外付けドライブのTimeMachine を選択、最新のデータを選択
 3)インストール先をmacbookのSSD指定し、復元ボタンをクリック
 4)待つこと?時間、復元完了

 よく分からないのですが、OSも復元されたようです。使ってもらうと、「速い速い!!!」とご機嫌。データも問題ないようです。
 ところがです。仕事で使うExcelファイルが開けない!。officeのVDVで持ってこさせ再インストールしても状況変わらず →???。ということで、SSD→HDDに入れ替えて元にもどしました。今までの苦労は何だったんだ!。windowsPCでは絶大の信頼を得ていたのですが、macになった途端この信頼が消え失せました(笑。
 今度は、b)をやってみます。

タグ:パソコン
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映画 山猫 イタリア語・完全復元版 (1963伊仏) [日記(2018)]

山猫 [DVD] 山猫 イタリア語・完全復元版 [DVD]  19世紀中葉のイタリア統一運動を背景に、シチリアの名門貴族の落日を描いたルキーノ・ヴィスコンティの『山猫』です。『山猫は眠らない』ではありません(笑。

 シチリアで数百年の歴史を持つサリーナ公爵家の当主ファブリツィオ(バート・ランカスター)と甥のタンクレディ(アラン・ドロン)のふたつ世代を配し、ファブリツィオ世代がタンクレディ世代に取って代わられる世代交代と、市長の娘でタンクレディの婚約者アンジェリカ(クラウディア・カルディナーレ)に代表される新興勢力に貴族階級が駆逐される物語です。市長は、ファブリツィオにうやうやしい態度を取りますが、広大な土地を持ち、没落貴族(タンクレディ)と結婚する娘に莫大な持参金を持たせる財力があります。
 但し、世代交代もファブリツィオの没落もありません。時代が変わるという予感のなかで、貴族の「黄昏」が描かれます。

 19世紀のイタリアは、サルデーニャ王国、モデナ公国、両シチリア王国などに分裂しています。統一運動が起こり、映画の会話でさかんに登場するガリバルディが両シチリア王国を征服しイタリア王国の基礎を築きます。祖国統一に燃える?タンクレディはガリバルディの赤シャツ隊に入り、革命(社会変革)側にあり、シチリ貴族のファブリツィオは、征服されイタリア王国に組み込まれる側にあります。

 ファブリツィオはイタリア王国の貴族院議員候補となります。その知らせをもたらした使者に、ファブリツィオは、自分の代わりに市長を推薦します。ファブリツィオの功績をたたえ市長は誠実さに欠けるという使者に、


彼には威信よりむし実権がある 科学の功績はないが 極めて世故にたけている
”5月危機”での彼の活動は見事だった 幻想にかんしては・・・私よりも抱かないが
必要なら創る賢さがある だから問題ない

シチリアの後進性を指摘し近代化を促す使者に対し

シチリアの人間は改善を望まない 自分自身を完璧だと思っているからだ
貧困よりも 虚栄心にこだわる

また、使者との別れ際にファブリツィオはこう呟きます、

山猫や獅子が支配する時代は去り ジャッカルや羊が取って代わる
そして 山猫 獅子 ジャッカル 羊のそれぞれが 自分を”地の塩”と思い込むのだ

山猫はサリーナ公爵家の紋章です。やはり、「山猫は眠らない」と言っているように思えます。

バート・ランカスター.jpg アランドロン.jpg

 映画全体の1/3を占め、大勢の貴族が集う舞踏会は圧巻です。落日の前の一瞬の光芒、山猫と獅子の最後の饗宴です。貴族たちは浮かれ騒ぎ、タンクレディとアンジェリカは華麗に舞いますが、時代の足音を聞くファブリツィオは孤独です。舞踏会が終わり、家族を馬車で帰したファブリツィオは、時代という舞台から退場するようにひとりシチリアの闇に消えます。

 イタリア版『戦争と平和』『風とともに去りぬ』です。

 イタリア政府が大金をつぎ込んで完全復元版を作った名作だそうですが、イタリアの歴史、シチリアの風土を知らない人間には(私のこと)この映画の持つ意味は十分に理解できません。シチリア出身のジュゼッペ・トルナトーレは、『ニュー・シネマ・パラダイス』『マレーナ』『シチリア!シチリア!』などシチリアを舞台にした映画があり、『イル・ポスティーノ』『ゴッド・ファーザー』もそうです。シチリアには、映画(物語)の背景になる風土があるのかもしれません。


監督:ルキーノ・ヴィスコンティ
出演:バート・ランカスター アラン・ドロン クラウディア・カルディナーレ

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